めいさん小学3年生
はるさん小学2年生
日曜日。
子どもらは7時ごろ起きてYouTube見る。
おれは目が覚めていつものように健康アプリに偽りの歩数や体重を入力して(毎日ぞろ目で8,888歩、体重66.6kg。)スマホゲームして二度寝。しょうもない。情けない。
めいさんは「学パのせいでお休みの半分がなくなっちゃう。」って嘆いてる。
午前は斐川の図書館で子どもら自学と読書。
おれはセカンドストリートで昔履いてたジーパン2本を60円で売る。
斐川のオムライスのお店「クルトン」でお昼ごはん。美味しい。
子どもらは二人でよくばりセット1つがちょうどいい。
オムライスとハンバーグとサラダ、ビーフシチューとか。
大人は二人ともハーフオムライスでちょうどいい。美味しい。
お会計4,700円くらい。4人の昼ご飯としてはこんなものか。
物価が高くなったなぁ。
100均をハシゴしてスケジュール帳を買う。
まだ仕事を続ける気なんだと考えると悲しく、情けない。
図書館で池上彰監修の「なぜ僕らは働くのか」を借りた。
これはぜひ子どもらに読んでもらいたい。買おうか迷う。
本棚に入れといて、子どもらが自然に手に取ってくれるのを期待して買おう。
不動産投資の話。
売買契約を締結し決済・引き渡しを待つ平田物件の再内覧。
今回の目的は、残置物の中から欲しい物がないか見ること。
家族みんなで行ってきた。仲介不動産屋さんも立ち会ってもらって。
脚立とか消耗品とか、そんなものを希望した。
また売主様に確認してもらう。
見学中(物色中)に、その売主様が偶然来られた。ゴミ捨てのためにほんのちょっと寄られた。
初めてお会いして挨拶させてもらった。何なら会うことはないと思ってた。
しっかり稼がせていただこうと思います。
今回の投資が成功しますように。
偶然にも晩ごはんの時にめいさんが「お父さん、得意なことを仕事にしたら?」って言ってきて、うわぁ!ってなった。
おれがあまりにも普段「仕事嫌だ、仕事嫌だ、仕事嫌だ」って言うからだろうか。
もうすぐ40歳になるっていうのに、いつまで人のせいにしてるんだろう。
家族のため?子どもらのため?妻のため?両親のため?義両親のため?世間体のため?
家族のせい?子どもらのせい?妻のせい?両親のせい?義両親のせい?世間のせい?社会のせい?
なぜおれは働くんだろう?なぜ今の会社で働いているんだろう?何のため?
経緯は一旦置いておいて、今、何のために働いてるんだろう?
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、ストレス、ストレス、ストレス、ストレス」って言いながら毎日会社に行き、自分の能力を超えた仕事をやって、出来なくてチームや上司や関係者に迷惑をかけて、坐骨神経痛になって、心も疲れて、
そんな重労働から少しでも逃げるために育児時短勤務にさせてもらって
中途半端に逃げることでやっぱり周りに迷惑をかけて。
一体おれは何をやってんだろうってホント思う。
会社が繁忙期だと尚更忙しくて、辛くて、難しくて、憂鬱で。
それでも死にたいだなんてことは一度も少しも思わない。
これは鬱病ではないんだろうか。
どうすればいいんだろうか。
繁忙期が過ぎるまで耐えれば良いんだろうか。耐えられるんだろうか。
耐えた先に何があるんだろうか。
不動産投資の規模が少しずつ大きくはなって来てるけど、
まだまだそれだけでは生活できる水準では全然ないし、アッチェなんか収益ゼロ。
上述の池上彰監修の『なぜ~』を途中まで読んだけど、
「子どもの頃に、もっと若い頃に読みたかった」で諦めて処理完了にしそうな自分がいる。
ロバート・キヨサキの『金持ち父さん~』の時と同じだ。
本当に必要なら、本当にその気があるなら、本当に自分の人生が大切なら、今からでも変えなきゃいけないのに。
とりあえずスマホのゲームアプリをアンインストールした。
生産性のないものを日常から排除しなきゃ。それくらいできるだろ。
仕事を辞めて、あるいは完全には辞めなくても働く時間が半分、三分の二になったら何をする?
何をしたい?何をするべき?
それってホントに働く時間を減らさなきゃ出来ない事なの?
今の労働時間の生活でも出来る事なんじゃないの?
6億円あったら何を買うの?何をするの?何をしないの?
それってホントに6億円無きゃできないの?
今の収入でも出来るんじゃないの?なぜやらないの?
本当に6億が必要なの?本当に労働が必要なの?労働時間を減らす必要はあるの?
不動産投資やアッチェじゃなきゃ実現できない人生なの?
他に手段はないの?今すでに手にしてるものでは本当に不十分なの?
これってどうやってわかるんだろ。
一つ一つ丁寧に丁寧に掘り下げて掘り下げて時間をかけて
自分自身と対話して紐解いていくとわかるのかもしれない。
めんどくさくてやってないだけで。チャッピーとやるか。
好きなことや得意な事に関連する仕事だとまだ苦痛は少ないのかな。
フルタイムであるいは残業が多くても耐えられる(耐えるという感覚さえ生じない?)のかな?
それで今くらいの収入があれば、それはそれで家族も養えるし世間体も保たれるのか。
仕事に出来るくらい好きな事って何だろう。得意な事って何だろう。
これって流石にチャッピーに聞いてもわからないのかな?
でも子どもと過ごす日常は多ければ多いほど良いって思ってるからやっぱり仕事の時間は短い方が良いか。
理想を言語化してみるか。
平日は、子どもらを学校に送り出した後、8時から
子どもらが帰宅する14時くらいまでなら最悪働いてもいい。
土日は完全に休み。
夏休み・GW・冬休み・春休み・SWなど、子どもらが休みの時も完全に休み。
最悪、子どもらが寝てる間の2,3時間くらいは働いても良い。
こんな働き方がいい。
しかも、仕事の内容は好きや得意が背景にあることで辛かったり苦しかったりしたくなくて、
身体的にも苦痛を伴う負担となるようなことがないものがいい。
そんな仕事あるんだろうか。
でもやっぱり一番良いのは働かなくて良いことだ。晴耕雨読の生活。
「仕事をやめたところで何するの?」って聞かれるけど、
ストレッチしたり、散歩したり、ジョギングしたりランニングしたり、体操したり(バク転が出来るようになりたい)、筋トレしたり、マッサージ受けたり、温泉入ったり、サイクリングやキャンプ、登山、読書、映画、英語、旅行(家族と、友達と、一人で)、遠出、ドライブ、マンガ、フットサル、サッカー、アクティビティ、水泳、ボードゲーム、飲み、おしゃべり、文章を書く、まだやってみたことのないこと、まだ知らない何か、、、、、
これらを満足するまでやらなきゃだ。
やりたくない仕事をしながらでも少しずつできるかもしれないけど、
それよりもやりたいこれら全部を満足するまでやり切れるほど時間が足りるだろうか。
そう考えたらやっぱり仕事してる時間って勿体ない。
仕事で溜まったストレスを解消する(薄める?誤魔化す?)ために、
目先のほんのちょっとの楽しみのゲームアプリとかショート動画で時間を消耗していく。
それもやっぱりなんて勿体ないんだろうって。
プライドとか他人の評価なんて、そんな必死で守るものでもないだろうに。
仕事が出来ないことがこの直近の繁忙度合いでバレてきてるし
それならもういっそのこと望むように生きるべきなんじゃないか?
明日(10時間後)からまた始まる苦痛の日々に耐える意味ってなんだ?
この日々からドロップしたらもう地獄の未来が確定なのか?
家族は必ず路頭に迷うのか?
そんな10年後を回避しようとする死に物狂いの5年後が来るなら今苦しくても働いた方がましなのか?
どっちがいいんだ?マジでわからん。
誰にもわからんか、、、

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